France2009 part7, バルビゾン村とフォンテーヌブロー宮殿

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美術館廻りが好きな母がずっと 「行ってみたい」 と言っていた場所、バルビゾン村 に行ってきました。
日帰りのマイバスツアーを利用したので、フォンテーヌブロー宮殿もセットで。

バルビゾン (Barbizon) は、「落ち穂拾い」 で有名なミレーやコローといったバルビゾン派の画家たちが暮らした小さな村です。 このため、小さな村ではありますが、世界中から観光客が訪れており、村は 「画家たちの村バルビゾン(Barbizon Village de Peintres)」 と名乗っているそう。

       こちらはミレーが使用していたアトリエ。 ↓

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村にはこんな可愛らしいレストランもあります。 実はこのレストラン、日本の天皇陛下もお食事をされたそうで、その際にはわざわざミレーの絵を取り寄せて、陛下の目の前の壁に飾ったのだとか。 陛下が召し上がったメニューは 「インペリアルメニュー」 とか何とかいう名前で今も残っているそうです。





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下の可愛らしい建物は、何とお役所なのだとか!

今回はマイバスツアーを利用したため、日本人ガイドさんが付いて説明して歩いてくれたのは非常に勉強になってよかったのですが、何だか早足であくせく歩かされ、本当に見たい場所 (可愛い家々やお庭、レストランやショップなど) が全く見れず、正直ちょっと消化不良な感じがしました。 正味30分も居なかったし。 それでも一番行きたがっていた母が 「バルビゾン、本当によかったわ~」 と感動していたので、まぁ良しとします。

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バスに乗ってフォンテーヌブローに移動。

フォンテーヌブロー宮殿 (Palais de Fontainebleau) はセーヌ=エ=マルヌ県にある、フランスで最も大きな宮殿で、1981年には世界遺産になりました。 建物は中庭を囲むように広がり、フォンテーヌブローの街がかつての王の狩猟場(フォンテーヌブローの森)跡を取り囲むように発展しています。 フォンテーヌブローは特にフィリップ2世やルイ9世のお気に入りの居城だったそうです。

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宮殿の内装や庭は、フランスにイタリアのマニエリスム様式を導入し、フランス風に解釈しなおしたもの。 16世紀のフランスにおけるマニエリスム様式の室内装飾は 「フォンテーヌブロー様式」 として知られているそうで、これは彫刻、金工、絵画、漆喰装飾、木工を組み合わせ、屋外庭園には図案化した花壇のパルテアなどを取り入れたもの。 (ウィキペディア参照)

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   入口を入ってすぐのところにある大きなステンドグラス。

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今回は日本のマイバスツアーを利用したので、日本語で色々な解説をが聞けたのが非常に良かったです。
(中年女性ガイドさんの、やたらべた~っとした馴れ馴れしい話し方が若干気になりましたが・・・)


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ただやはりツアーなだけあり、じっくり見たい場所 (素晴らしい調度品があったり) でも立ち止まって見ることが出来なかったり、逆に私にとっては特に興味がわかない場所でやたら長い解説を聞かなきゃいけなかったりして若干フラストレーションは感じました。 確かに 「広い宮殿だな」 とは思ったけれど、そんな感じであくせく歩かされたため、まさかフランスで最も大きい宮殿だったなんて、今こうやってブログを書くために資料を調べるまで知らなかったし!

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今回ガイドさんが特に力を入れて話してくれたのが、アンリ2世とその王妃カトリーヌ・ド・メディシス、そして母親ほども歳の離れた愛人、ディアーヌ・ド・ポワチエの話でした。 これはなかなか印象深かったですね~

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お恥ずかしながら私は 「ディアーヌ・ド・ポワチエ」 という女性について全く知識が無かったのですが、フランスでは知らない人はいない、歴史上最も影響を与えた女性の一人に数えられているのだそうです。

ディアーヌについては、上のリンクからウィキペディアの解説を参考になさってくださいね。
彼女は非常に頭もよく、50歳になっても美貌が全く衰えなかったとのことです。

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長年王家の人々が住んでいた城なので、「誰誰のベッド」 というのが沢山あったのですが、さすがに一つ一つは覚えていないのでまとめて写真だけUP。

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ゴージャスなシャンデリアもたくさん掛っていました。 少しずつデザインが異なるところに惹かれます。

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16世紀前半、フランス初の本格的なルネサンス様式の豪華な宮殿を建築したのはフランソワ1世でした。 フランソワ1世といえば、晩年のレオナルド・ダ・ヴィンチを招聘し保護したことでよく知られており、フランス最初のルネサンス君主とされている人物です。(ちなみに下の写真の王様は、恐らくフランソワ1世では無いと思われます・・・)

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下の壷は、フランソワ1世がレオナルド・ダ・ヴィンチにモナ・リザの絵を描かせているところを再現したものだそうです。

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   こちらの絵は、皇太子が生まれた喜びを表現したものなのだとか。

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ルイ13世の間。 1601年、この部屋で後のルイ13世となる王子が誕生し、父のアンリ4世はそれを記念してこの部屋を豪華に改装したのだそうです。

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そして皇后の寝室。 16世紀末から1870年までの歴代の王妃や皇后の寝室として使用された部屋です。 ルイ14世の王妃アンヌ・ドートリッシュやマリー・アントワネット、ナポレオンの妻ジョセフィーヌなどもこの寝室を使ったのだとか。 ↓

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さて、この宮殿の歴史はフランス革命を経て19世紀のナポレオン3世の時代まで続きますが、その中で大きな足跡を残したのが、フランスの生んだ英雄ナポレオンでした。 フランス革命後の混乱期に英雄となり、皇帝にまで登りつめたナポレオン1世もまた、緑に囲まれたフォンテーヌブローの宮殿を愛し、好んでよく逗留したという話。 ツアーじゃなければ、もっと長時間かけてお庭やお城を回りたかったな。

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玉座の間。 元々は国王の寝室だったものを、1808年にナポレオン1世が「玉座の間」に改装し、毎週日曜日にこの部屋で推薦の儀式や宣誓の儀式を行ったそうです。 ↓

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ナポレオンは、ブルボン朝におけるヴェルサイユ宮殿同様、フォンテーヌブロー宮殿を自分の権威の象徴にしようとし、宮殿を大幅に改築しました。 現在私達観光客が目にする宮殿は、この当時の姿が中心なのだそう。

下の写真は皇帝の寝室。 1808年にナポレオンがこの部屋を寝室とし、それ以降、1870年まで歴代君主の寝室として使用されました。 寝台や壁の装飾にはナポレオンの頭文字 「N」 の文字が見られます。

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天井と壁のデザインは必ず対になっているんですよ~。 ↓

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   お疲れ様でした~。 この日は日差しも強く、非常に暑い一日になりました。

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バルビゾン村とフォンテーヌブロー宮殿、いかがでしたか?

今回私はフォンテーヌブロー宮殿について何の予備知識も無く行ってしまったのですが、こういう歴史の舞台を周る際は予め少しでも予備知識を入れておいた方がずっと楽しめそうですよね。 次回行くチャンスがあれば、ぜひ事前に歴史の本でも読んでからじっくり回ってみたいと思います。
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by yossy_uk | 2009-08-23 01:00 | France


yossyの海外専用ブログ。2007~2017年までソウル、2017年春~バンコク在住。気ままに更新しています。


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